2014-01-01から1年間の記事一覧
1956年、成瀬巳喜男の女の映画《流れる》 金井美恵子によると冒頭と結びで現れる川の流れが意味するものは《行く川の流れは絶えずしてしかも元の水ではなく、流れに浮かぶうたかたが結びかつ消える》という人生の比喩であることは先刻互いに承知の上らしい。…
1957年。小津の明るい、雲一つない青空、高架上の駅のプラットホームで挨拶を交わす人々はおらず、暗い、灰色の空の下、雪まで降って、高架下のイメージを引き取った人々の暗い話。 原節子でさえ疲れている。二人娘の父たる笠智衆は何度問いかけても話をして…
立誠小学校の簡素な映画館というか教室で見るには長過ぎるロバート・クレイマーの60ー70年代の二本《アイス》《マイルストーンズ》、左寄りの京都でも観客は少なく、3、4人の男たち、一週間だけの上映でこの数、というのはわかる気もする。 映写機のカ…
そら吐きたくもなるわな… 1965年、インドネシア、共産主義者と華僑の100万人以上が虐殺された歴史の端っこにいるヤンキーたち…こんな奴らの行ないから人間の尊厳だの悪とは何かと言われても… 主人公が設定されるドラマチックなドキュメンタリー、今作…
アルトマンから継いだ群像。微妙につながっている。群像劇は要素の繋がり、伏線、その回収が次々に継起して進んでいき、その中心に作家が見えるためフィクション、特にエンタメの形式であり、今作も中盤で登場人物各々に同じポップスを歌わせてフィクション…
京都、元立誠小学校の音楽室というかつて使われていた木造の一室は過去のものであるかぎりにおいて時間の経過をそれ自体が示しており、物語をもった小説の文章をひとりで語るという今回のマームとジプシーの公演においては過去と現在、そして未来をその場に…
男だ、女だとうだうだと言っている男たち。女たちは出てこず。 キャメロン・ディアス(マルキナ)とペネロペ・クルス(ローラ)、女豹と平凡な美人セレブ妻はプールサイドで話し合い、ダイヤモンドの価値について意見を交わす。キャメロンは資本主義的価値を…
鉛筆削りじゃやっぱりダメだった。知らない誰かが無鉄砲に撃った銃にご破算にされる。 エレベーターは上昇していたはずなのに電源が復活して物語の下降線とともに落下する。 男ジュリアン・タベルニエ(モーリス・ロネ)、元落下傘兵はもはや落下するときも…
青春ー栄光ー没落 レイジング・ブル 青春時代の細切れの栄光の日々は欲しいものを買ってパーティーを開いてホワイトラインを鼻の中に入れていくお決まりのものだが、終盤に向けての材料が散りばめてある。ホフマン先生の使い方が酷い。監督のキャラが薄い。…
満島ひかりの細く長い指。特に長い。 かつて繋がれた手とまどろみのなか繋がれた手と解かれた手。 男は成瀬と同じくどうでもいい存在であり、それは俳優2人によってよく抑制されている。 かといって女が素晴らしいとか母性押し出しでもなく、女から見てもこ…
「キンタマのない」映画とはまたよく言いますね。 失恋してというか、女に出会って仲良くなって話していると意味がわからないところで怒りだし、意味がわからないところで優しくなり、サド=マゾを連想してしまうようなアメとムチっぷりを見せられ、困惑した…
人のいいデブだっている。デブへの風当たりは夏の満員電車において激しさを増すが、悪気があって太っているわけではないし、身体のことをとやかく言うのは礼を失している。しかしながらほとんどの人が礼を失して人の身体について言葉を並べる。胸がでかい、…
『女っ気なし』ではタイトルがタイトルだけに女っ気なしの優男に女がやってくる話で、実直で物知らずで優しくろくでなしのいくらでも形容詞がつけられそうな男が中心にいる。浜辺でちょこちょこ飛び跳ねながらこちらへ向ってくる男は「かわいい」のかもしれ…
ガスパールは決して許されない。独善的で凡庸な、何の歓びもない裏切り。 ピエール瀧もリリー・フランキーも許されない。何をしたところで。誰にも。許しを請うことが許されない。また、誰も彼らを裁くことはできない。『凶悪』犯の足跡を追う記者は正義感に…
スプリング・ブレイク…フォーエバー ヤク中、ガンマニアのヤンキーの朦朧とした頭で呟くフレーズは、女学生たちの登場によって生まれ、繰り返される。ブリトニーの切な系ポップソングをピアノ弾き語り合唱し、隙だらけの強奪を繰り返す。 女の子たちのキャラ…
未だに引きずられる資本主義。 鶏、鰻、兎。動物たちが登場し、殺される。金を中心に、そこに愛を絡め、恐怖、憎悪、不安、歓びといった感情を挿入する。 鰻がのろのろと階段を下りていくさまは足を引きずる男へ。逃げた兎が車に轢かれ、鶏と鰻がナイフで裂…
誰かのことを好きになってそれが本物かどうか知りたかったら相手の好きな音楽を知ればいい。それで真偽がわかる。音楽を聴かない奴はやめといたほうが身のため。 リアルと嘘、真実と偽物、相変わらずの二項対立だが、フィクションに現実から圧力がかけ始めら…
偽の軽さ と 疲れ切った男 と 魂。 写真で振り返る出来事の多いこと… 写真で始まり写真で終わる、写真に挟まれた回想の物語。三人でコニー・アイランドへ。ルーリードの『Coney Island Baby』… 人を殺したことがない盗賊団のボスと泳げない早撃ちのガンマン…
かつて作られた映画の中で、最も偉大な「騒乱」の映画がある。騒乱はもはや意識化から生起するのではなく、すべてを、民衆とその支配者たち、そしてカメラそのものを失神状態にし、すべてを逸脱させ、様々な暴力を交通させると同時に、私的な事柄を政治的な…
腐れ縁 と 腐れ縁。 中年をむかえたイーサン・ホークとジュリー・デルピー。ロマンを語った小説家はいまだ妄想をしつづけ、環境保護活動家は家事との両立を計る。延々とつづく議論と会話。元妻との間にできた息子への親馬鹿、元妻批判、過去の火種、家事と仕…
失われた脚 と ホーム・ムービー。 ブニュエル、カトリーヌ・ドヌーヴ。古典。トリスターナのピアノのペダルを踏む失われた右脚とミア・ワシコウスカの連弾によって震える脚(こればっかり) 病による変貌。化粧がいくらか濃くなり、背筋が伸び、口調がきつ…