ラース・フォン・トリアー『メランコリア』

トリアーがカンヌから追放されるきっかけとなった本作。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」、モチーフを散見させる静止画、地球とその周りを予測できない軌道で回る惑星。地球にその惑星が衝突してタイトル「メランコリア

第一部はジャスティン。広告会社で働く有能な女性でありながらどこか不安定なところがあり、結婚式の披露宴に二時間も遅れたうえ、隠れて身勝手な行動をとる。姉のクレアが再三注意するが、効果なく、新郎であるマイケルもお手上げ状態。このジャスティンのまわりにいる人物たちの邪悪さ、醜さ、ねじれが言動の端々に現れ、やがてはなればなれになる。安定しない手持ちのカメラ、ジャンプカットはそのまま人物たちの不安定さに繋がり、予測のつかない穴を穿つ。

広告会社の社長は披露宴に来てまで仕事の話を持ち出し、部下にジャスティンを尾行させる。そのなよなよした部下は執拗に身体を求める夫に嫌気がさしたジャスティンに犯されて、無意味な存在となり果て、社長に首を言い渡されるが、箍が外れたジャスティンは社長を罵倒し、会社を辞める。おぞましいほど資本主義に毒された社長は怒りを露にし皿を投げつけ、粉々にして消える。

夫のマイケルはジャスティンの言いなり、自分の言葉を持たない頭の悪い青年であり、ジャスティンの問題を感じていながらも新しく買った土地で嘘で塗りたくられた幸せな未来を言ってきかせるだけであり、会話を成立させることができない。そして問題を放置したまま身体を求め、捨てられ、絶望の黒い目。マイケルと社長の黒い顔。

また母を演じるシャーロット・ランプリングの不気味さは際立っていた。ジャスティン演じるキルスティン・ダンストも第二部からはやつれた、生気のない無表情を見せるが、披露宴会場に私服で座り、アル中女好きの父の祝辞に過敏に反応してぶちこわしになりかねない言葉を吐き出すさま、そして影しかない目でジャスティンを見つめるところなど、奇怪さでいえばこの母のほうがまさっている。その母ありて子ありか。


第二部ではクレアが中心となり、この物語の核となる惑星メランコリアを巡ってクレアとその夫ジョン(キーファー・サザーランド)と子レオ、そして保護されたジャスティンが動き回る。第一部での不可解さを残す不気味な語りはなくなって、メランコリアに対する考え方、その動き自体にフォーカスが当たるようになり、それはどれもわかりやすい。クレアはとにかく怯えきり、小さなことでも不安に思う。ジョンは神秘性に惹かれつつも接近したときに備える。レオはその二人のあいだにいる。ジャスティンは悟りきった眼差しでメランコリアを見つめ、生死とは無関係な場所にいる。第一部の物語の明確な核がないゆえの推進力は弱まり、メランコリアが中心にきてしまうことによってどうしてもありがちな言動を見ることになってしまったのは残念だった。

世界は常に邪悪で間違っている、ジャスティンの認識。そこから惑星が衝突する運命は避けられないという結論へ。第一部で見たように彼女のまわりの人物は一見普通で善良に見えるが、金と肉欲に支配され、酒で我を忘れ、宗教で周りを締めつける、愚か者どもの集まりでしかなかった。「なんとかしようとしたのよ」という一部の終わりでジャスティンは呟く。彼女は誰をも愛せなかった。一方、家族を愛していたクレアは死に怯え、錯乱する。ジャスティンはただ眺めるだけだ。メランコリアの影響で降る時期外れの雪を笑顔で受けとめるジャスティンとそれを不思議そうに見つめるクレア、二人の対比は明らかである。そのわかりやすい退屈な対比を救うのは二人の「顔」である。

メランコリアのおかげで退屈を忘れたブルジョワ夫ジョンも、メランコリアが地球に衝突するとわかるとすぐに自死を選んだ。元から生への執着などないのだ。生に執着するクレアは最後まで耐え続けるが、最後は死の恐怖がまさりジャスティンとレオと繋がれた手を離してしまう。どちらにせよ死だ。


安易な終末論。一部と二部にわける必要性は感じられなかった。そのせいで逆にメランコリアに焦点があってしまい、退屈なエンディングを迎えることになったように思える。たとえ世界が邪悪であろうと、クレアのように怯えて生きていかなければならない私は別の物語を考えることにする。


メランコリア [Blu-ray]

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