『容疑者ホアキン・フェニックス』/Flying Lotus『Until the Quiet Comes』


ロサンゼルス。LA。いまやニューヨークではない。みなが最後に目指すのはここか?いまはむかしのアメリカンドリームはここに眠るのか?

前作「Cosmogramma」で豪華絢爛、けっして安定しないビートに過剰なほどの音が被せられ、ジャズとヒップホップを使った曼荼羅をものしたフライング・ロータスの新作『Until The Quiet Comes』。彼のレーベルであるBrainfeeder から新作がでる、というだけで話題になるぐらいだから彼の新作となれば大騒ぎ、なのだろう。前作でもてはやされて多忙を極めた彼が向ったのは「静かな場所」であり、飾り付けは抑制され、音圧も控えめ、たしかに静かである。フライング・ロータスによると本作は始まりと終わりがある映画のような作品とのこと、通しで聞いてもらいたいらしい。一曲が短く全18曲のショートトリップ。

1曲目 ALL IN は美しい導入曲。熱狂と静寂とどちらにも転べるが、最後にビートは消えて幽玄な女の声に繋がる。勢いはなくなったか。相変わらず綺麗な音ばかりが散りばめられるが、m7、m8PUTTY BOY STRUT あたりでノイズが背景を覆い、m8の始めは機械音と手拍子だけで構成され、中間でサンダーキャットのベースが入り込むが機械と楽器の融和は果たされずにぶつ切りでエリカバドゥが歌う SEE THRU TO U へ。この曲は前作の延長線上にある踊れるポップ。ドラムとベースの独特のリズムが面白い。この曲も一曲としてフェードアウトすることはなく次に繋げられる。m11 DMT song は幻覚物質DMTを服用したときを再現した歌だそうな。声が何層にもずれてスローになるだけ。トム・ヨークが参加してる曲は地味。

PHANTASM FEAT. LAURA DARLINGTON おとぎの国に近いのはこの曲か。「1983」のUnexpected Delight で素晴らしい歌声を聴かせてくれたローラ・ダーリントン、この曲でも海の底で歌っているかのような響きを聴かせる。ラストの DREAM TO ME はカオスに戻るかのような持続する音の被さりがある。派手さがなくなって地味かと言われるとそうでもない、静かというのはたしかだ。


ホアキン・フェニックスが嘘をついて引きこもっていたのもLAの静かな丘の上だった。ブルジョワセレブリティ俳優になったのにオレは自分を、本当の自分を表現したいと引退宣言してラッパー転向という大嘘をついて爆笑し、やがて本腰を入れて演技し始めるホアキン・フェニックス。周りがついていけなくなる瞬間が多々あって笑えるが、真面目な顔をして人生について自分について語るホアキンを見てると、だんだんあほらしくなってくる。まさかあの水滴なる自分を押すじじいに同意しているわけもないだろうに。トーク番組で司会者にコケにされ、ライブでは客寄せパンダ、ただの見せ物でしかない自分に気づかされ、黒人と喧嘩して嘔吐、親友には顔面に糞を垂らされる。そのホアキンを映しているカメラがなければ彼も耐えられなかっただろうが、カメラの存在はどこまでも彼を安心させ、演じさせる。パナマに行って親父と無言のうちに座っているシーンなんかはなかなか良い。なんだこいつは、みたいな親父の顔が素晴らしい。最悪なのはラストシーンでなぜかジョージ・ウインストンのようなピアノ、しんみりした音楽のなか川の水のなかへ・・・ドッキリでしたみたいなオチなしの、共犯のはずだった観客も騙すひねくれっぷり。やれやれ。


ラスベガスのパーティで綺麗な女の子二人をひっかけて友達にペニス出させて笑って寝る。セレブ。フライング・ロータスもホアキン・フェニックスもそういうのはうんざりらしい。ソフィア・コッポラの「Somewhere」もまさしくそれだった。ブルジョワジーの憂鬱。ホアキン・フェニックスは笑いにしただけまだマシだが、他のはああそうですかという程度でしかない。


フライング・ロータスはかなりスピリチュアルなことをしゃべるが、もちろんそんな世界は存在しない。かなり子どもっぽい印象を受けるのだが、それがこの自由な組み合わせを可能にしているのかもしれない。音楽はオナニーの道具ではない。そうなるとしたら幻覚剤のお供としてだろう。


希薄化した現実、問題の見えない場所、子どものままの大人。何と憂鬱な世界。



Until the Quiet Comes [帯解説 / ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (BRC350)

Until the Quiet Comes [帯解説 / ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (BRC350)