素晴らしき放浪者

ジャン・ルノワール/水に救われたブーデュ

水から救われたブーデュは、本屋とその妻のあまりに親密な夢想が彼に次々とあてがう役を捨て、水によって救われる。人は生に到達するために演劇の外に出るが、水の流れにそって、すなわち時間の流れにそって、それと感じられないようにして出るのだ。時間が未来を得るのは、演劇から出ることによってである。そこから、この重要な問いが生まれる。どこから生は始まるのか。結晶の時間は二つの方向に分化するが、二つのうち一つは、結晶から出るかぎりで未来と自由をになう。そのとき現実的なものが、現働的なものと潜在的なもの、現在と過去の永遠の往復からのがれると同時に作り出されるのだ。 

         ドゥルーズ『シネマ2 時間イメージ』第4章 時間の結晶 p121

ついに浮浪者になってしまった男は唯一の友である黒い犬を失い、パリを歩き回り、恩赦も受け取らず、セーヌへ身を投げようとするところを中流のブルジョア夫が望遠鏡で発見し、「素晴らしい浮浪者だ!」と訳のわからない言葉をのたまいながら走って助けにいく。不可解な出会い、水の中から救い出されたブーデュはアホみたいに頭を下げて感謝するでも、殺してくれればよかったのになどと幼稚なことも言わず、ただその場に居座る。《みんな、神さまの居候》。

ブーデュは「素晴らしい浮浪者」として拾われたが、家にいては浮浪することはできない。ベッドは居心地の悪い寝床であり、靴の磨き方など知るはずもない。やがて家人の誰からも嫌われ、追い出されかけるが、性的に枯れた夫の代わりに旺盛なブーデュに妻が身を任せることで延期され、宝クジの当選とともに下女との結婚が決まる。まさか自分が誰かの夫になるだなんて思いもしなかったブーデュは再び川に落ち、水に救われる形で放浪者に戻る。

婚礼の音楽。ヨハン・シュトラウスの《美しき青きドナウ》を奏でるヴァイオリン弾きたちの河岸をくだり、その下を流れる川、そのうえに浮かぶ船へ。カメラは外に出てようやく自在に美しく動き出す。セリーヌとジュリーは舟でゆく。フラン・オブライエンの《スウィム・トゥー・バーズにて》の小説内小説の登場人物たちのように与えられた役を抜け出て自由を得ること。

 

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