テロと逃走 (ミュンヘン / キャッチ=22)

1972年、ミュンヘンオリンピックイスラエルの選手11人がパレスチナ武装組織《黒い九月》により人質にとられ、全員殺害された事件を発端にしてイスラエルの英雄と呼ばれる父を持つ平凡で《退屈な》男が政府に頼まれて暗殺団のリーダーとなる。

ミュンヘンオリンピック事件の直後にイスラエルは空軍による報復行動にでており、それは映画には描かれない。イスラエル諜報特務庁(モサド)は主人公に対し「おまえは存在していないしわたしはお前を知らない」と言って政府とは無関係であることを強調しながらパレスチナの暗殺団の暗殺を依頼する。

暗殺団はそれで暗殺が務まるのかと不安になるような五人だったが、いまは普通の生活をおくっているように見えるパレスチナ人たちを次々と暗殺していくが、黒い九月のリーダーに接近しようとしたところでCIAによると思われる妨害に合い、メンバーが殺されていく。

その悪人たちが殺されていくところにスタイリッシュな演出を加える意味はあるのかないのか。これから飲もうと思っていたワインの瓶が割れ、赤ワインが血とともに流れる。まあ普通に殺したのがこれぐらいだったから対比するためなのか。威力が強すぎる爆弾、小娘は守る、ゲリラゲイ、酔っ払いの絡みで失敗、色仕掛け、吹き矢。

その演出が最も面白かったのは終盤、いまだ周りを信じられずに被害妄想に浸っている主人公が妻とセックスをするときで、そこに飛行場での黒い九月と警察との駆け引きの失敗、つまり人質の殺害場面が挿入され、人質がテロリストに銃撃されるところで主人公は射精する(汗が飛び散る)。

射精と射殺。『泥棒成金』の花火とキスを思い出した。国家への忠誠というよりも人質としてとられ無惨に殺された同国の人々への情、トラウマ、それは「ぼくの祖国」である妻とともに消えるか。

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マチュー・アマルリックは『クリスマス・ストーリー』では厄介者の長男、『コズモポリス』ではパイ投げ男と歪んだ人間ばかり演じており、今作でも親への複雑な顔を見せ、主人公の仲間なのか敵なのかよくわからない動きを見せる。マチュー・アマルリックの目前、主人公に対して「お前が私の本当の息子だったらよかったのだが」と言う親父への目が恐ろしいのだが、それでも地団駄を踏んで悔しがるのではなく、鋭い目で愕然とする顔は忘れ難い。

マチュー・アマルリックから主人公へ信じるか信じないかはあんた次第と言われ、信じてしまうところはイスラエルの作戦の適当さが表出する。他国の情報屋を信じなければ先へ進めないとは。そのへんのいいかげんさは殺しの場面でも現れる。

主人公は『キャッチ=22』のヨッサリアンのように逃げたがるようなことはなかったが、テロー報復の無意味さを理解し、アメリカへ逃げ、証言ー告白し、その告白を聞いたスピルバーグは告白を聞いた者として、自分の役割を全うした。

 

ミュンヘン [DVD]

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キャッチ=22 上 (ハヤカワ文庫 NV 133)

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キャッチ=22 下 (ハヤカワ文庫 NV 134)

キャッチ=22 下 (ハヤカワ文庫 NV 134)