めんどくさいカップルと合図(ザ・フューチャー / ブレヒト《第一のソネット》)

フェミニストオシャレアート文化系女優小説家監督アーティスト… ゆるふわなレッテルに晒されながら頑張っているミランダ・ジュライの第二作。

いくら可愛いミランダ・ジュライでも一般的な忙しい男たちからは「めんどくさい」と言われてしまうであろう女と、金と結婚と子どもを貪欲に求める女たちから「頼りない男らしくない」と言われてしまうであろう男が主人公。

この二人の残酷なモラトリアム設定による一ヶ月が語られる。

モラトリアムの一ヶ月は二人で猫を育て、働き、結婚し、出産し、子育てをするといった一般的な男女の生活を《始める》までの責任回避の時間であり、そこから逃げる手段を見つける時間であったが、1日1ダンスという目的も環境保護活動もその手段にはならず、男は妻に先立たれた寡夫からの言葉で転回を遂げたように思えたが、女に伝えるまでには至らず、女は空虚なホワイトノイズともの言わぬStill-lifeに耐えられず、浮気をし、言わずもがな男はそれを悟り、女の言葉を待つまでもなく、それをどうやって受容するか、女の頭に手を当てスピリチュアルツアーに出るが、時間は二人が関係を持たないまま進行し、男は女を許せず、女はなんだかよくわからないままに中年男の家に引っ越す。その事実を決定的なものにするのが、猫の死。

一番かわいそうなのは浮気された男でも中年男に身をあずけた女でもなく、シェルターに入れられていたところを二人にネットで発見され一ヶ月後に迎えに来るよとささやかれ《パウパウ》と名付けられまでした猫で、勝手に二人のモラトリアムの終着点に設定され、ぬか喜びさせられ、結局忘れられて処分されてしまう。猫にもぬか喜びはある。

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《どうせ殺される運命だったのだから》という無慈悲な言い訳は一度《出してやる》と言った手前、通用せず、それは檻に入れられた死刑囚に無罪放免と言い放ちつつ殺す行為と同じである。猫の死は二人にとって決定的な事実となる。

各自が時間に対して抵抗する。女はダンスができず、焦り、落ち込む。男は精神的な出口を探す。中年男の娘は《戦場のメリークリスマス》で砂に埋められたデヴィッド・ボウイのように自ら進んで土に埋まる。しかし、それはいずれも実らず、女は中年男の直線的な時間に身を委ね、男は対話できず、受け入れられず、娘は父を取り返せず、泣く。

思考がまったくうまくいっていない。

二人はまだはなればなれになる前に、もしものときのためにお互いを確認する合図を決めた。Peggy Lee の Where or When 。

It seems we stood and talked like this before
We looked at each other in the same way then
But I can't remember where or when
The clothes you're wearing are the clothes you wore
The smile you are smiling you were smiling then
But I can't remember where or when
Some things that happened for the first time
Seem to be happening again
And so it seems that we have met before
And laughed before, and loved before
But who knows where or when

かつての二人の時間を忘れてしまった二人。

ブレヒトの1934年に刊行された第二詩集《歌、詩、合唱》に収められた素晴らしい《第一のソネット》を思い返す。

ぼくたちふたりがきみとぼくに分たれていたて

それぞれの寝台があそことここにあったとき

ぼくたちはめだたない単語をひとつ決めておき

了解しあった、身を触れ合うという意味として。

ことばを口にするよろこびは小さく見えよう

触れ合うことそのことは何ごとにもかええない

でも、触れ合うと語るよろこびもだいじにしたい

せめてぼくたちはこれをしまった、質ぐさのよう。

まだ手許にあったが、それでもなくなっていて

使うわけにはゆかなかったが、すぐそこにあった

あるともいえなかったが、とにかく消えてなかった。

そして、ぼくたちの傍にほかのひとびとがいると

ぼくたちは例の単語をすらすらと口にして

すぐに分りあった、ぼくたちは好きあっている、と。

女はダンスができずに混乱しているとき、男に合図を求めたが、男は相手にせず、齟齬が生まれる。二人のうちどちらかが合図を求めているのに相手が応じなければ、相手の存在はどんどんと遠のいていく。カップルというのはとても手がかかる。

 

一風変わった外部とそれに対するユーモラスな反応に加え、退屈な日常を変容させていく手段を見せるミランダ・ジュライが人気があるのはわかった。このアートまがいの行為は批判にさらされようが、ゆるゆるふわふわと飛んでいってしまえばいい。

ピピロッティ・リストと双璧。

 

 
Peggy Lee - Where Or When - YouTube

ブレヒトの詩 (ベルトルト・ブレヒトの仕事)

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