女たち / 3人のアンヌ / 楽園への道 / ラブ・ストリームス
問題はただ単に人間の避け難い性向である、ということを考えまいとしていま控え目に言われるとおり、全体主義はただ洗練によってしか打ち破られないだろう…体系的で、野性的な洗練…善意によってではない…とんでもない!声明を出して自分を広めたりしないことだ…黙ってろ…きみたちの私生活を死に物狂いで守りたまえ…絶えず、理由などつけずに、主義としてそれを向上させたまえ…唯一の危険は、嫌悪と、即時的かつ対峙的な生の放棄の増大のうちにある…とてつもない仕方で自省せよ…世界は不条理であると考えることに存する、不条理な信仰のなかの最も不条理なことに加わるな…世界にはひとつの意味があると信じてもいけない…そんなものはこれっぽっちもない!…社会の亡霊によって扶助され、保護され、安心感を与えてもらうがままになるな。自分のところへ帰れ、感情を面に出すな、気を散らすな、ぐずぐずするな、完璧に無益な事柄について語れ…何だってかまわない、その月のあいだに誰もその言葉を口にさえしなかったなら…パロールと戯れろ…何のためでもなく…必要最低限の恥じらいをもって…そして眠ることだ…結果は翌日わかるだろう…すでにして進展だ…ずっといい…サイバネティック化され、勝ち誇った死の欲動には気をつけろ!棺桶や火葬場はできる限り遅く!それが一番だ!以上。 (『女たち』p.457)
「世界の終わり 小説」→「失われた時を求めて」「判決」「夢遊病の人々」「特性のない男」「世の果ての旅」「響きと怒り」「名づけえぬもの」。不条理な世の中、世界は不条理である、と言いたいがためにカフカは小説を書くのではなく、もうすでに終わっている世界が書かれるだけだ。不条理は彼にとってはそうかもしれぬが、女にとってはそうではない。男たちはそこで理解に苦しむ…アントニオーニ「ある女の存在証明」で男は階段の影から女を見つめるが、結局何もわからない。女は一人で、何も証明してくれはしない…
フィッツジェラルドの女たち、ギャッツビー「彼女は君なんか愛しちゃいない…彼女が君と結婚したのは、私がその当時貧しく、おまけに私の帰りを待つことにくたびれてしまったからだ。それは取り返しのつかないあやまちだった。でも彼女は私以外の誰かに、心からの愛を注いだことなど一度としてない!」あからさまな、慎ましいブルジョワらしからぬ断言。愛しのデイジーは混乱して「何が正しい」のか選択肢が何なのかさえわからず、ここから出て行くことだけ望み、それっきり。彼女にとってはトムもギャッツビーも変わらないのだ。要素を並べて比較してみたところで現在時制の勢いには抗えない。暑さで朦朧としているのか、金の回りに気をとられて頭の回りが遅くなってしまったのか…
そしてそんな女を罵倒する負け犬たちもいる。女であれ、男であれ、誰かを罵倒すれば独裁者のタームに絡めとられ、どちらも胸糞悪くなるはずで、もしそうならないのなら、そいつは従事者のいないちっぽけで孤独な独裁者だ。『三人のアンヌ』のうちの1人のアンヌが約束通りに来られないプロデューサーに怒鳴り散らすのはどうか。アンヌはネタとして紋切り型を使い、罵倒し、男に紋切り型の平身低頭対応をさせる。そしていつのまにか眠ってしまい、再会のキスを夢見する。微笑ましい限りだ。ホンサンスの映画は男女が言い争い、手酷い仕打ちがなされてもいつかは微笑ましくなる。軽さ。アンヌに恋するライフセーバーはどこまでも馬鹿で単純だが、好意を全開にしてアンヌに挑み、テントの中でギターを弾き語るその動きは(見えないが)、恋愛の不可能性などお構いなしにただ楽しみ、すぐに別れ、また別の人間として会う。実際はそんなに単純ではなく、傘が隠され、同じ瓶が同じ浜に見つかり、夢が現実と入れ替わる。物語、時間の交錯。日常の延長線上にあるバカンスムービー。
罵倒したがる全世界にむけて「国民総出で売春いたします」と宣言するように「お・も・て・な・し」と微笑み、手を合わせながら言い放つ滝川クリステル。なぜクリステルのような美人で金持ちの女がサービスしなければならないのか。ブラックジョークにしてはちょっとやり過ぎな気もするし、ジョークです!っとネタバレすることができればそりゃ素晴らしい。そうしてほしい。
ソレルスはゴーギャンの祖母フローラを、権力に抗っているように見せかける現代のブルジョワ原理信仰者として描き、素直でいい人そうな政治作家リョサは名前を親密さ全開で呼びかけながらブルジョワに対立し、奮闘する当時のフローラを描く。暴風雨で家もろとも流されてしまいそうななかゴーギャンはハーモニウムを奏でるが、フローラはリストのコンサートで眩暈を覚えて卒倒し、ロンドンの水飲みポンプが立てる不吉な、蔑まれるような現代音楽的な音しか聴かない。
そしてソレルスはそこを拾い上げる
彼女(フローラ)は音楽を聞かない。全然。ほら、実際はたしかにしごく単純なことだ。ぼくが愛するのはハーモニーを聴くことのできる女たちだけだ、メロディー、繰り広げられた時間のフーガ、時間の塵を・・・ぼくはひたすらその点についてだけはっきりすべきなのだろう…用心するがいい、そうシェイクスピアは言った、心が音楽で満たされていない男と女たちには、彼らの魂は地獄のように黒い…音楽、すなわち無償性、消費、寛大さ、真珠のような光沢をもつ無関心…ワトー?一陣のかすかな風、樹々はそよぎ、クラヴサンが乾いた音をたてる… (同上)
目にした不正、気持ちの悪い光景、そこに自分の直接的な思想を労働者に投げかけ、結託を訴えかけ、賛同しなければ豚男と罵るフローラはブルジョワの生活から抜け出し、反ブルジョワを掲げるが、どうしてもそこには自らの経験を礎とする正しさからはほど遠い思想と暗い部屋と黒い罵りしか見えず、気持ちの悪いことばかりが起こっている。たしかに彼女の活動を邪魔する権力者たちはさらに醜く、リョサは彼女に慰みの言葉をかけるが、それすらだんだんと気持ち悪くなってくる。偽善×偽善。彼女は個人ではなく、搾取される労働者全体を救いたい。労働者全員を結託してひとまとめにして。フランス革命のように。その思想自体が労働者をまとめてどこか隅の一角に押しとどめたがるブルジョワのそれとさして変わらない。『女たち』の作者「僕」はフローラを罵倒せず、されるがままに、言葉だけは返し、放っておく。音楽を聴かない彼女を愛することはできない、と。
あまりに感情的すぎる。合理的ではない。不条理を押しつけてくる。そんな不平はもはや何の意味もない。ただ言葉を返していればよい。平行線でも構わない。女たちの、世界の秘密。
『ラブ・ストリームス』のカサヴェテスは「洗練」されているとは言えない。どちらかと言えば不器用。実の子どもは泣かせるし、元妻も泣かせ、現夫には殴られ、姉には逃げられ、甘いソウルが流れるジュークボックスの前で工事現場の人形みたいに帽子を縦にふってサヨナラする仕草さえ。しかし、愛人の母、よぼよぼ老人と踊り、キュートなダンスと笑顔を出現させる/卒倒したジーナを抱き上げるそのやり方はこのうえなく洗練されており、涙さえ浮かんでくる。
ドゥルーズは絶望を見る。
ラブ・ストリームス』には弟と姉がいて、弟は女たちのからだが屯しているところでなければ自分の存在を実感できず、姉のほうは、山積みのトランクと、弟に贈ったたくさんの動物たちの間にいなければ自分を実感できない。たった一人では存在しえないとすれば、どんなふうにして個人として存在するのか。障害でもあれば同時に手段でもあるこれらの身体と物体の集積を通じて、一体何かを生み出すことができるのか。いつもその度に空間は、これらの身体と物体、娘たち、トランク、動物たちの異常な増殖によって構成され、それらの間を移動する一つの「流れ」を模索している。しかし孤独な姉は一つの夢に促されて出発し、弟は一つの幻覚のもとにとどまる。要するに一つの絶望的な物語。全般的規則として、カサヴェテスは、身体に固着するものだけを空間から保存し、一つのゲストゥスだけによって結びつけられる分断された断片によって空間を構成する。様々な態度の形式的な連鎖が、イメージの結合にとってかわるのである。 (シネマ2より)
弟にとって姉は結局秘密を保持した不可解な存在として残り、髭面ギリシャ的マッチョ男とともに部屋に残る弟は女の秘密を知ることができずに模索を続ける。疲れ切って。物語としては絶望的だが、イメージはそうではない。数少ない洗練が訪れれば。
ギャッツビーは見かけだけで、肝心なところで洗練されていなかった。オールド・スポートを登場させたのはギャッツビーと距離を置きたかったからだろう。『崩壊』のフィッツジェラルドは洗練の極み。
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