ハーモニー・コリン『スプリング・ブレイカーズ』 / テオ・アンゲロプロス『エレニの帰郷』

スプリング・ブレイク…フォーエバー

ヤク中、ガンマニアのヤンキーの朦朧とした頭で呟くフレーズは、女学生たちの登場によって生まれ、繰り返される。ブリトニーの切な系ポップソングをピアノ弾き語り合唱し、隙だらけの強奪を繰り返す。

 

女の子たちのキャラのなさが面白い。最初の脱落者はキリスト教の馬鹿げたサークルに参加し、救いを求めはするが、物語の便宜上他の三人とは異質なキャラ設定にしようという意図が透ける。逃げた先から元の場所へ戻る。腕に銃弾をくらった女も元の場所へ。二人ともバスの、ペールトーンの空と海が見える窓に手をあてる。監獄行き出戻りバス。

最も強く逃げ場を求めた女二人は居座り、楽しみつづける。強盗、セックスごっこ、ドラッグ、パーティー。

 

マリファナコカイン吸いまくって酒をがぶ飲み、剥き出しの身体をなすりつけあい、エレクトロの単調なキュインキュインドーンに合わせて踊るあのパーティーの場では誰もが無名になる。すべてが破天荒ぶる若者たちの羽目を外したお遊びという紋切り型に嵌った形骸化したパーティー。こののちに『ロング・グッドバイ』のマーロウの隣人ヌーディストたちのように平和で無害な話の通じない人たちになるか、今作のように悪事に手を浸したままになるか、学校に帰るか。

 

このパーティーをグレードアップするにはブルジョワ芸能集団の力、有名であること、発言力があること、金持ちであること、美貌、イケメンであることが必要となる。そして恋心満載ポップソングか、恨み節をバラードに変換するか、気持ちのいいスムースなビートを売り物にすればパーフェクト。

何発撃たれてもかすりもしない女の子2人のように無敵になれる。

これを見ていまだに青春を夢見る女の子はいるのだろうか。力への意志ではなく「意志の力」を大切に抱えて、殺し終えて、遠い目をしてスーパーカーを走らせる女たちのように。

 

青春はセンチメンタルの餌。大学生というより高校生のような女たちに、強盗されてはたまったもんじゃないが害はない。それよりもここには電話でしか登場しない親たち、あるいは彼女たちを遠く離れた場所から同一視する大人たちのほうに害がある。そうしてスプリング・ブレイク・フォーエバーが閉鎖空間で伝染し、同じような無名キャラが蔓延し、誰が誰かなんてどうでもいいようなパーティーがたくさん、なんて世界にはあっけなく倒れる死体しかない。

音楽にのってカットがそこそこの速さで変わり、いつのまにか場面が変わっていく。警察に連行されるあたりは4コママンガのオチのよう。他愛もないベッド上のお遊びから脅迫ー銃フェラあたりは子どもがふざけすぎて取り返しのつかないことをしてしまいそうなときのようで緊張が高まる。エロさは皆無。

 

出戻った女たちはその閉塞感によって「逃げたい」ではなく「死にたい」と言い出すか。『エレニの帰郷』で祖母エレニから呼び止められた孫娘エレニが泣き叫ぶ「死にたい」は祖母エレニの時代と対比的に示される現代の若者の言葉か。ベルリンに住まう一家の子供部屋の壁一面に貼られたわかりやすいポップスターのポスター… ルー・リードゲバラボブ・マーリーイレイザー・ヘッド… 老いて弱ったエレニの身体がジム・モリソンの乳首の前にあるベッドに運ばれる。

 

日本でいえば梅田の地下通路にある、原色寄りの色使いで描かれた、平和で不気味で国籍不明の人物たちが街で遊んでいる壁画のような、スマイリーな人々の絵で埋め尽くされたシネコンの中で立ちつくすA、ウィリアム・デフォー。貧民窟で飛び降りを計る娘エレニ。「付き合う」「結婚」という契約を重用してそれが破棄されれば縁もゆかりもなく別れるカップル。ウィリアム・デフォーが『アンチクライスト』で見せた凶暴なキスハグで元妻を攻めるが、元妻は「もう私たちは別れたのよ」と断りをいれる。別れた=セックスはなし、という言葉づかいはいつから通用するようになったのか。

 

錯綜する過去に対置される現代が貧弱なアイコンだらけ、一面的という批判もあろうが、実際に現代が貧弱なアイコンだらけで成り立っているのだし、多様化したとはいえ大衆はいつも一網打尽にされる。モスクワの大衆はみな顔をもち、寄り集まり、スターリンの死を聞いてしくしくと泣き、離散する。

彼らとは一線を画してブルーノ・ガンツはペットボトルから水分補給を怠らずに音楽を求める。踊れば喉が渇く。駅の階段で演奏する若者たちの演奏に合わせて踊る。くるくると回る。老エレニは眩暈を起こす。

ジグザグの階段をゆっくりといっしょに登り、それからもともにいたブルーノ・ガンツに対してエレニは真夜中の分かれ道で言う「あなたの帰りたかったイスラエルに帰れるのよ」老エレニに促されてもいっしょにいることを望むブルーノ・ガンツ。それは老エレニの救いとなった。回想から抜け出せずにベルリンのAの一室で彼は「行くな!」と大声で叫ぶ。それでも老エレニは国に引き裂かれたスピロスとの過去を選択する。

 

白いハットを被り、妻にウイスキーを持ってきてもらい、ピアノを弾くスピロス。窓一枚を隔ててエレニが現れ、見つめる。

スピロスは閉店したバーで再びピアノを弾く。瓶が割られ、エレニが泣き叫び、再会する。

息子Aとは霧のなか、国境検問所で再会する。抱擁の瞬間には声が漏れる。

一直線上に進むふつうの物語進行ではなく、これまでに各所で降り積もった「時間の塵」を寄せ集め、いたるところにこびりついた出来事を見せていく。

ブルーノ・ガンツが小雨が降りしきる曇天のもと、観光船から飛び降りるのは、もう終えたという確信からか。