ムード・インディゴ  うたかたの日々/ 時計じかけのオレンジ / 桐島、部活やめるってよ

完璧に近い物語 と 恋愛よさようなら と ソフィア・コッポラの不変性。

ライティ・ライト。崩れた、楽しい言葉をつかって外国人として反抗するアレックス。キッチュな風景に取り囲まれ、イエーース?と自分の答えを押しつける教師とボロ人形同然の両親からまともな教育を受けられるはずもなく、狭い世界のなかで悪と正義を無視してやりたいようにやるだけ。小説家のおっさんを「雨に唄えば」とともに蹴りまくり、変態ブルジョワ、プッシーキャットを紛れもない芸術的ペニスで粉砕する。仲間に裏切られ、投獄、模範囚となり、抜け出す術を見つけ、絶対的な自信のもと、拷問=洗脳を受け、見事に洗脳される。

罪のない音楽、ルートヴィヒ。社会的罪は殺しと暴行、人間的罪はなし。選択を奪われた動物。といっても暴力とセックスができないだけ。すべては自死のために、まわりの人間が躍動する。ホームレスたちに殴る蹴るの暴行を受け、かつての仲間=裏切り者二人に泥水地獄を味あわされ、小説家にはまたもルートヴィヒの拷問を受けさせられ、飛び降り。目されていようがいまいが、最初から自死のために組まれていた洗脳システムは、死に切れなかったことにより障害を起こし、アレックスは「完璧に元に戻る」。完璧主義者による完璧な物語、その映画化。完璧と単純化はテレビとその視聴者と同じく、切っても切れない。『桐島、部活やめるってよ』も同じく。


元に戻らないのはクロエの肺。睡蓮=美しく、残酷? 笑顔というのは忘れられず、記憶に残り、思い出となり、何度も甦り、固着する。それは忘れがたいし、忘れられない。よくある図式から出発して、健忘という言葉どおり、人はやけくそになって忘れようとするか、キルケゴールの悲劇の騎士か、ロブ=グリエの言う悲劇を愛する愚か者どもになるか……クロエが病床で描く過去の素晴らしき、楽しい、よき日々のスケッチは泡のようには消えない。消す必要はなく、それを何度も思い出して泣く必要もなく、自らの体温で生み出された鉄砲で憎い睡蓮を打ち続けるのにも、いずれ止めるときがくる。クロエは「生きて」とは言わないが、それに近しい映像=想像をコランに与えた。しかし、コランはもう「うんざり」だろう。恋愛よ、さようなら!

幸福は一瞬に存在する。それを得たコランはともかくも幸せ。宙づりの白鳥に乗っていっしょに街を眺め、あれやこれや言い合い、暗いトンネルのなかで祝福の羽根を浴び、接吻を交わし、危機一髪のスケートでも笑顔で楽しみ、競争に勝って物語の主人公になり、浮遊したまま旅行に出る。段階を踏んでいるが、その一瞬一瞬はやはりともかくも幸せ。想像力は果てしなく、良い方向に具現し、無敵状態。結婚に辿り着くまでの紆余曲折はゴーカートのアップダウンのよう、結婚直後の多幸感は水のなかでも息ができるかのよう、雨が降っても濡れてしまえば心は晴れ晴れ、朝になれば甘い声で他愛ないおしゃべり……幸せである。結局、それは求めても手に入るものではなく、すでに存在しているものであり、不幸もまた然り。それを幸せ!不幸!と選別しているだけの話だ。クロエとコランに移入すればそれがわかる。楽しいときはとても楽しく、悲しいときはとても悲しい。なぜこんな物語を!と憤慨してはいけない。なぜこんな仕打ちを!ならまだ真っ当。古典というのは大方紋切り型にふされるが、それは持ちつ持たれつといったところでここで紋切り型批判、物語批判をしても意味がない、というか古典が紋切り型をつくっている。日本文学お得意の病弱もの。

クロエの治療のための花を買うコランの楽しそうな顔、欲しい花の名を言うとカートにまたがった美人店員のワンピースの柄が変わる。金さえあればこんないいものが見られる。労働を蔑んだ者たちが金欠のために労働せざるを得ない悲哀は、その労働の内容もさることながら苦痛に満ちたものになる。花を買うときは意気揚々、花を買う金のために働くときは絶望。働き方を知らないとそうなる。働かないという選択肢は死を肯定するところから始まる。

白鳥のボートに乗って空中散歩をするときに流れる音楽「Rest of Life」はラブソングで、残りの人生では永遠の愛が……と歌う。ビートルズか、Blundett"Sunset Stroll" のほあほあしたシンセの音が歩くような間隔で鳴らされ、その前には微笑しかふさわしいものはない。オドレイ・ドゥトゥはいくつになっても変わらぬ微笑をたたえ、病に倒れても大げさな身振りも表情もなく、アメリ的な味づけをしたくなるような、眠っているような顔を見せる。


一方、ブルジョワの憂鬱を売りにするソフィア・コッポラの新作「ブリングリング」の予告でセレブをターゲットにした強盗を繰り返す若者たちの嘘くさい憂い顔は、苦笑するしかない。「ロスト・イン・トランスレーション」「SOMEWHER」と一貫してその売りを変えないところは、なんというかすごい。ブルジョワの息抜き、チルアウトの刹那。その先のほうが気持ちいい。


うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)

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