ニコラス・レイ『熱い血』/アルドリッチ『カリフォルニア・ドールズ』

1981年、音楽の権利問題でDVD化することができない『カリフォルニア・ドールズ』のニュープリント版。生まれる前に熱狂を呼んだ本作を三十年遅れで見て、評判通り、泣いたが、他人に勧める気にはならなかった。自分がそのとき見て感動し、泣いたものであり、何度も見返すようなものではないと思われた。それというのも今日、優勝したサンフレッチェ佐藤寿人が泣いているのを見てもらい泣きしてしまい、その後味と似ていた・・・と言ってしまうとそれはどちらに対しても失礼かもしれないが、そんな形の感動であった。

ピーター・フォークがマネージャー(ハリー)を務めるカリフォルニア・ドールズの二人アイリスとモリーは美人でセクシーな女子プロレスラー(この段階で女性の興味はなくなってしまうのか、観客は90%以上男性)。スポ根。ない金を絞って各地を周り、興行主と喧嘩して車をぶっ壊し、モーテルではちょっとした恋模様、湖畔でトレーニングと教育、車の中では格言とおしゃべり。二人の女をおっさんが説教している構図で、ぶつかり稽古を見ることになるのだが、そこはさすがのピーター・フォークがムカつきが怒りに変わる寸前に留めて笑顔で終わる。

うら寂しいモーテル、いかにも寒そうな湖畔、ぼろい車、汚らしい楽屋・・・フィルムの質感も相まってか、相当な現実感がある。ブルジョワからは遠く離れたプロレタリアの夢。女たちの夢は直接には語られないが、ナンバー1になることなのだろう、ライバルには敵意をむき出しにして立ち向かう。
しかし、やはりショービジネスには金がつきもの、ハリーと喧嘩した悪徳興行主(『ノスフェラトゥ』のいかれた奴に似てる)は女を要求して、アイリスがハリーに無断で身体を売る。そんな紆余曲折を経てようやく目の前に現れたリングにカリフォルニア・ドールズは華々しく白鳥に扮して舞い降り、闘う。あんなに腹を蹴られたら子どもを産めなくなってしまうのではないかとあらぬ心配をしてしまうほどの痛さ、レフェリーと興行主の視線のあからさまな汚らしさ、感動的な声援、笑える必殺技・・・・・・

ピーター・フォークには笑わせてもらったが、感動はなかった。カリフォルニア・ドールズの闘いっぷりと声援、つまりメロドラマ的な運びにやられたまで。ひとつひとつのシーンで三人はハリーを中心に衝突する。ハリーが勝手に説明もなしにしたことに対して二人が怒り、ハリーが説得し、丸くおさまって次へ。一番の修羅場は悪徳興行主とアイリスが寝た後だったが、そこには紋切り型しかなかった。アメリカ的な衝突と和解。この三人のあり方は自然なものではなく、いつ瓦解してもおかしくない。金、権力、生活、未来、あまりに多くの不安があり、すでに壊れているものを必死にまとめるのがピーター・フォークで、その動きはあの必殺技が決まった瞬間に消える。

ニコラス・レイもメロドラマの形式を使っているが、そこに現れる人々は「はみ出して」いる。カリフォルニア・ドールズの三人もアウトサイダーであり、この点では変わりない。『熱い血』では部族ロマ(ジプシー)の王マルコと反抗的な弟ステファノとその婚約者に仕立てられたアニーの三人がぶつかる。部族の掟はかなり強力かつ曖昧であり、社会一般の法とは大きく異なっており、ステファノはその掟を嫌悪していたがアニーの定住願望による裏切りから結婚することになってしまう。しかしやはりマルコと掟に耐えられず逃げ出し、白人社会で踊るが、帰ってくる。アニーとの踊りはうまくいくが話し合いは長老の媚薬のせいでうまくいかず、その会話の不成立が兄弟間の不和を助長し笑えるようで笑えない決闘に繋がり、秘密が明らかになる。秘密の暴露はメロドラマの常套手段である。

秘密を知った者はそれを知らずに今までのうのうと生きてきた自分の愚かな振る舞いを恥じ、何とかその償いをしようとする。秘密が暴露された者は力なく微笑み、相手を許すか、諭すかして二人は涙を流して抱擁する。『熱い血』における秘密は兄マルコの病である。冒頭近くに肺のレントゲン写真が映し出され、医者は申し訳なさそうに首の後ろをさすり、マルコはその写真を持ち帰る。その写真があら探しをするステファノに長老から手渡されて、ステファノは改心する。マルコが過ちを犯すのは、アニーがステファノに酒を飲ませ誘惑し、もうすぐでそれが成功するというところに「掟」という言葉を連れて嬉しそうに介入してしまうところだけであって、他は誰がどう見ても(アニーが言うように)立派な王である。ステファノは「理由なき反抗」でも見られた若さゆえに見誤り、家出して帰ってくる中途半端な不良青年であり、不治の病という簡単な秘密でも心動かされる。
それが冒頭で明かされていれば・・・という邪推をどうしてもしてしまうのだが・・・ドゥルーズニコラス・レイは叙情的抽象に身を任せている」。
流麗なダンスをいっしょになって踊ることができるアニーとステファノは、ステファノの改心によってすぐに愛を確かめ合う。「理由なき反抗」で暗闇のなか伝わることができなかった秘密は、明るい部屋のなか親密な家族によって明かされ、三人は幸せを得る。カリフォルニア・ドールズは言葉も秘密もなく肉体を駆使して戦い、夢を勝ち取る。そこでは選択は感情によって必然として行なわれる。外に二者択一を突きつけられながら。