孤独 と アメリカ(ヘルツォーク/シュトロツェクの不思議な旅)

みんないなくなって身よりもなく独りで・・・

ノスフェラトゥ』も観たのだが、こちらの衝撃が強すぎた。個人的に観る時期が嵌りすぎた。ブルーノに説明は必要なく、顔と仕草を見ればはぶられ、隔離され、痛めつけられた男であることがすぐにわかる。リバー・フェニックスしかり。ブルーノの怒りは内側で膨らむだけで、ひきつった微笑と泣きっ面が痛々しいことこのうえない。同情からか、その善良さに惹かれてか、はたまた「磁力」に引き寄せられたのか、エーファー(エヴァ)という女が旧友シャイツとともに新たについてくるが、やはり消える。

物語はあくまで現実的=非情に進み、予想するも何も必然としてあるため、カサヴェテスのようにフィクションでありながらドキュメンタリーであるかのような感覚で進んでいく。その場その場、ワンシーンワンシーンで起きる出来事が中心にあり、それに笑い、泣いて反応する。これが映画だろうが、もはや映画でなかろうが、どちらでも構わないが、どちらにせよ見た瞬間に自分の出来事として生起したかのような感覚を受ける。

社会の悪を全身に引き受けたヒモ・ヤンキー二人組から涙が出るほど酷すぎる仕打ちをうけて、文字通り頭を抱えるブルーノに語りかける医者の言葉は正しいのか、間違っているのか、わからない。ただ間違いないのは「私がお前のすべての質問に答えることができたら、世界は正常だ」。未熟児が力一杯手足を伸ばして泣き叫ぶ。彼らの現実はすでにブルーノが体現している、ブルーノは彼らの動きに感動したのだろうか、それとも憐れんだか。

三人はともに忌まわしいベルリン(ヤンキーたち)から逃げ出し、アメリカへ。九官鳥は即没収される。美しい旅が始まり、すぐに終わる。夕暮れの光がフロントガラス越しに仲良く横に並んだ三人を照らす、三人を後ろからとらえたショットではベタなスライドギターの響きとともに揺らめく赤紫の道路と電灯が行く手に広がる。泣いてしまった。

アメリカンドリームは一瞬で消え、愛するエーファーは去り、銀行の無慈悲な取り立てで家もなくなった。あのふざけた競りはなんだ。笑ってしまった。ブルーノは笑えない。親友のシャイツにいたっては怒り狂ってブルーノとともに銀行強盗へ行くが、銀行が閉まっていたため近くの床屋で金を取り、二人でお買い物、そのあいだにシャイツは逮捕され、本当にひとりぼっちになったブルーノはトラクター?で女のいるカナダへ向うが、ガス欠あるいは故障でカフェに停まる。ここからの速度が凄まじい。

同情ではなく乾杯をうけてカフェを出たブルーノは見事な技術でトラクターを独りでに回転させ、決められた動きしかできない動物たちを狭い狭いゲーム機のなかで踊らせ、演奏させ、リフトを動かして乗る。拳銃を携えて。"Is this really me!"ハーモニカが鳴り止まず、アーヒー!アウ!兎がサイレンを鳴らし、鶏がピアノを弾き、ショーガールよろしく右足と左足を内側から交互に上げ下げ、鴨が太鼓を打ち鳴らすーーー満面の笑みを向けて手を叩きたくもなるし、絶望で顔を背けたくもなる複雑極まりない音楽が鳴り響く。車の爆発と銃声。


故障したトラクターはいずれ爆発して回転を止める。狭い檻の中、計り知れない感情をもって単調に踊り狂う動物たちもいつの日か疲労困憊し、死ぬ。大事なピアノを遠い国に置いてきて、セックスのやり方すらわからず、感情をぶつけることしかできずに愛する女を失って、自分のために動いてくれた親友はあっさりといなくなって、拳銃の使い方もろくに知らないのにそれを宝物のように持っていた孤独な男はやがてそれで自分の頭をぶち抜く。そのときまで音楽を鳴らし続けるしか・・・