ホン・サンス『気まぐれな唇』『浜辺の女』『アバンチュールはパリで』/ ロメール『緑の光線』

11月初旬からホン・サンスの特集「恋愛に関する4つの考察」が組まれている。シネマート新宿。

代官山ツタヤではヌーヴェルヴァーグ作品といっしょに並べられているフランス寄りのホン・サンスは日本でどう見られるのか。ポン・ジュノキム・ギドクパク・チャヌクイ・チャンドンと最近日本でも話題になっている韓国映画だが、ホン・サンスは間違ってもそのなかには入れられない。エモ、グロはなくエロがほんの少し、ロメールの後継?

男は一様にイモでファッションはとにかく簡素かつ適当。よれよれのシャツ、観光土産屋で売ってそうな赤いTシャツ、どこにでもありそうなズボン、セーターの下に着た首の詰まったカットソー……伊賀大介。少なくともお洒落とは言えない。一方、女は可愛らしく、男よりはマシな格好をしている。男はそんな女たちに出会い、「かわいい」を連発する。出会いは先輩の紹介、電車の中、友人のトモダチ、ナンパ、知人の知り合い。『気まぐれな唇』では軽いお遊びと本気の恋愛、『浜辺の女』では徐々に形をなしていく恋愛と過去の遺産でしかないお遊び、『アバンチュールはパリで』は一夏のアバンチュールと夫婦。退屈と言われれば退屈なのかもしれない。ロメール譲りの。


ホン・サンスはどうやら『緑の光線』が好きらしい。『浜辺の女』の監督が執拗に浮気を疑い、拗ねるムンスクに言って聞かせる《悪しきイメージ(トラウマ)の乗り越え方》は『緑の光線』の主人公の女が、男を見つけられず、自己嫌悪に陥ったときに見晴らしの丘でおしゃべりするインテリ老人たちから偶然耳にする、水平線に沈む太陽の緑の屈折光線についてのお話に似ている。どちらの話もお見事としか言いようがない完成度(映画内でも讃辞の目が向けられる)。

ロメールは格言を始点にして喜劇をつくり、後期のファスビンダーはより深刻なメロドラマをつくった。その格言が中心にくるのが『気まぐれな唇』で、《人として生きるのは難しい、でも怪物になってしまっては駄目だ》を中心に、人として生きる難しさ、愛することの難しさが見えてくる。先輩の知人で俳優ギョンス(主人公)のファンという女ミョンスクは憧れと叶った夢に執着する。ラブホのベッドの上、しがみつき正常位。ギョンスとともに、見ている私もうろたえた。もはや寄生虫であり怪物。その後も先輩とヤルぞと脅しをかけたり、自分の写真を渡してきたり、とにかくまともではない女にギョンスはつれなく別れを告げ、写真も見知らぬ奴にあげる。「私の中のあなた!あなたの中の私!」何とも恐ろしい言葉。が、この言葉はその後に出会う運命の女らしきソニョンからも手紙で告げられる。ギョンスはこともあろうにその言葉を利用して夫とソニョンの仲を切り裂こうとするのだが、あの蜜柑は何だったのだろうか。あんなところに置いて夫が見るはずもないのに? 梶井基次郎の「檸檬」のような呪いか。その後、占いで散々な目にあい、待ちつづけたが、嘘をつかれて待ち人来らず、だけどなんかすっきりした微笑。その後、エンディングの明るすぎるキッチュともいえる黄緑の画面上に流れるアルヴォ・ペルトの《鏡の中の鏡》はミスマッチすぎて笑えた。これは自分だけなのだろうか。間違っても感情移入させるような主人公ではないし、別段、悲しさを前面に出しているわけでもないし、内省を突き詰めた静謐な《鏡の中の鏡》はやはりガス・ヴァン・サントの『ジェリー』の冒頭にあるほうがいいと思った。音楽はホン・サンスのなかで殆ど聞こえてこない。他にあっただろうか?他の作品にはあるのかもしれない。

ホン・サンスはぱっとカットを切り替えるため、次にどんなショットがくるのか楽しみになるときがある。女と男が親密そうに話していると、次はセックスしてる、なんて下品なことはしない(想像してしまう自分が情けない)。『アバンチュールはパリで』ではいきなり糞が、男の涙が、夢が、タメ口が現れる。「かわいい」と「タメ口」と「酒」は要チェック。ホン・サンスはこれで恋愛を始まらせ終わらせる。ソニョンが本気で照れて顔を隠すところ、ミョンスクが誘うところ、ムンスクが部屋の前で寝ているところ、ユジョンが街の光を浴びるところ、見ているだけで辛い。誰しもが見たことのある美しく愛らしい光景。そこさえ乗り切れば楽しめる、少なくとも私は。

『アバンチュールはパリで』のタメ口は衝撃であった。いかれてる。「かわいい」ユジョンが目を細めてカフェテラスに座っていると、ただごついだけで浮浪者同然の凋落画家ソンナムがタメ口宣言をする。それはそのままラストの、現実感を持った陰惨な夢へと繋がる。悲劇と喜劇は紙一重である。あの天井画では・・・

他の韓国映画の主たる傾向、重々しく、みなが泣きわめくのが悪いとは言わないが、落ち着いた軽さとも言うべきものがホン・サンスにはある。恋愛ものには一応の結末しかない、そんなことはホン・サンスはわかりきっている。それでも恋愛映画を撮られるのは、そこに共通の経験である悲喜劇と選択が存在するからである。


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