ジョン・カサヴェテス『ラブ・ストリームス』

イメフォで行なわれているジョン・カサヴェテスレトロスペクティヴ。他は「アメリカの影」「こわれゆく女」「フェイシズ」「チャイニーズ・ブッキーを殺した男」「オープニング・ナイト」。『ラブ・ストリームス』はDVD化されておらず、諦めていたので上映が決まったときは非常に嬉しかった。

「アメリカの影」は処女作らしい粗いモノクロの画面で人種問題をかすめ、関係性を。「フェイシズ」はタイトル通り、ズームで寄った顔、表情。「こわれゆく女」は神経症、夫婦、他者。「チャイニーズ・ブッキー」はノワール、男と女。「オープニング・ナイト」は女優。


人間、役者を中心に据えるカサヴェテスの映画を観て、多くの層に触れる。ごく当然のようにカットが変わっていくように見えて、突然戸惑う表情や出来事に出会う。『ラブ・ストリームス』では夢や幻覚によって不意の映像は説明されるが、「こわれゆく」サラが現実と混同して弟ロバートのもとを去ってしまうように生々しく焼き付けられており、現実か非現実か区別する必要がない。すべてが可能なカサヴェテスの映画で現実は不可能なものとして残っている。ロバートは何かあるとジュークボックスに手を伸ばし、ムード歌謡を流しユルいステップを踏む。デカダンスな空気が漂うが嫌味ったらしくはなく、酒と煙草に溺れた、透徹した思考からは離れてしまった男がそこにいるだけだ。

「愛は流れるもの」というサラの言葉通り、何も手には残らない。ロバートの家の壁には多くの写真が額装されて飾ってあるが、見返されることはない。サラが話していた弁護士(?)が言うように人々は「喪失した」と言うが最初から『何も所有していない」のだ。ただ流れていくだけ。ロバートはサラ以外は愛せず、軽いお遊びを繰り返し、サラの娘と夫へのパラノイア的な愛を塞き止めようとするが、できなかった。分裂症気味のサラは夫との電話で突然セックスをしたくなってボーリング場へ向ったり、馬や山羊、鳥、犬などを買ってきたりしてかなりイカれてる。それでも優しく接するカサヴェテス扮するロバートは弟という立場もあってか「こわれゆく女」のピーター・フォーク以上にものわかりがよく、微笑ましく涙ぐましい。別れた女にできた子に対してもめちゃくちゃだが、男として父として振る舞おうとする。子の母、義父のもとへ送り届け、子が泣いているのを聴いて殴られることがわかっていても玄関に向かう一貫した姿勢で子へ愛が流れる。ジェントルマンのロバートはガールフレンドの老齢の母親に対しても優しく楽しくダンスのお相手をする。皺だらけでたるんだ皮膚は美しいとは言い難いが、幸せそうに笑って踊るおばあさんは悪くない。カサヴェテスの愛に溢れたシーンである。

そこへ出かける前にサラと軽い口喧嘩をして出て行こうとしたが、逡巡して立ち止まり、サラのいるベッドへ向かう。ギリギリの攻防が見られる。人間が描けているなんて紋切り型ではなく、ある仕草、姿勢がカサヴェテスの映画固有ものとなっている。幻覚を見て煙草の吸い過ぎでガラガラになった喉を鳴らして笑うロバート、夢の中でくだらない笑かしゲームをして最後にはバク宙をキメてプールに飛び込むサラ、恐ろしい顔の犬と触れあうサラ、倒れたサラを優しく抱えるロバート、暴風雨のなかヤギを避難させるロバート、どこまでも魅力的でどうしようもない人物たちの姿が見られる。


くだらない、安易なデフォルメはない。そして退屈な人物たち中心でもないのだ。そこにいるロバートとサラ、周りの人々からあるスペクタクルが実際の出来事として、夢や幻覚として立ち現れる。つくりものではなく、現実として。映画好きのジム・オルークによるとカサヴェテスはアメリカでは有名でセレブリティだったらしい。オルークは「わかる!わかるよ!」「近すぎる」とカサヴェテスを評する。その「近さ」で雑多で入り交じった感情がもたらされる。


ラヴ・ストリームス [DVD]
ジョン・カサヴェテス 生誕80周年記念DVD-BOX HDリマスター版