ジェームズ・グレイ「トゥー・ラバーズ」

ジェームズ・グレイとホアキン・フェニックス（レナード）、そしてグウィネス・パルトロー（ミシェル）。

まさかのDVDスルー、ジェームズ・グレイ。新作はちゃんと上映してください！！！

レナードがミシェルとサンドラのあいだを行ったり来たりする。きめ細かな演出で、平凡な恋愛話に取り込まれ、最後には胸が詰まってしまう。

躁鬱病もち、写真家志望だが親父のクリーニング屋を手伝う、結婚直前に婚約者に捨てられたレナードを演じるホアキン・フェニックスがたいしてイケメンでもないのにかっこよく、「キュート」に見えてくる。好きな女ミシェルにわざと声をかけさせ、おどけ、踊り、慰める戦略家ぶり。一見イモなのにやり手。

ホアキン・フェニックスがMobyで踊る（この動画はPV）

ミシェルに男がいる（しかも所帯持ち）ことを知って好意を示してくれるサンドラのほうへ行っちゃうレナードの軽さにイラつく女の子は多いだろうが、ジェームズ・グレイはひとつも間違わない。過去に酷い失恋を経験したレナードにしてみれば、期待もしていなかった新しい愛する人ミシェル以外の女は女ではない。

サンドラはいい子だけど退屈。好きな映画を「サウンド・オブ・ミュージック」と答えたときのレナードの顔がすべてを物語る。ミシェルは決して整った顔ではないがちょっと変わった、たまにすごく美しくなる、男が求める女。さばさばとフランクに何でも話すかと思えばドラッグをやり愛人に振り回される、女。

レナードと愛人とミシェルの三人で食事へ行く。どう考えてもミシェルとは合わない、というかどこに魅力があるのかわからないハゲ男を見るレナード。まだ中盤なのに表向き「キュート」なレナードに肩入れしてしまっている。ソファの中央、変な女の顔の彫り物の下で正面を深刻そうな表情で見つめるホアキン・フェニックスのかっこよさにやられたのか。

ミシェルは愛人に孕まれ、知らぬ間に流産してしまい、レナードが助けにいく。病院から帰るタクシーの中のグウィネス・パルトローの目は開かれているのに真っ黒だ。心の闇などとは言えない。クラブに行くときの醜悪なアイシャドウは消え、縁取るものはなく車外の影がうつっていただけだろうか、そこには何も映っていない。ただ真っ暗。何よりも恐ろしい目を前にしてレナードは必死に優しく接し、屋上で告白する。

愛の言葉。そんな気はなかったミシェルも感化されてしまい、接吻、セックス。事後、二人は電話で窓越しに話しているとき、ミシェルが乳房をレナードへ見せる。レナードは涙を浮かべて美しい、と讃辞をおくる。たしかに美しかった。レナードは何も間違っていなかったと再び愛を強化することができ、自信を深め、一緒に逃亡すると言い出す。

レナードは親父のパーティの最中に抜け出す。すべてを感づいていた母と抱擁する。母の優しさに涙する。「ぼくは幸せだ」というレナードにミシェルが手ひどい仕打ちを。ハゲのブルジョワ愛人が家族を捨ててプロポーズしてきたらしい。あんなに楽しそうに、幸せそうに走り、笑っていたレナードの悲哀は重い。しかし、彼は死を選ばずサンドラのもとへ戻り、ミシェルに渡すはずだった指輪を渡し抱擁を交わす。焦点の定まらない、何も見ていない視線をもって。

ミシェルの愚かさに怒り沸き立つが、レナードは結局それしきの女だったと認め凡庸なサンドラと幸せに暮らすのか。それともまだミシェルを愛し続けるのか。あの仕打ちはなかなか受け入れられるものではない。ミシェルにとってレナードが何者でもないことを伝える言葉。同情を見せるそぶりはなく、自分の幸せだけを誇示する無神経さ。わざとではないだろう。そういう美しくも残酷な女をレナードが好きになった、それだけ。

ふわふわしているレナードに罰が当たったなどと言ってもねえ。罰に罰が重ねられる不幸な男。彼はひとりであっても逃げ出したかった。ミシェルが現れてさらにその感は加速する。サンドラは逆にすべてを締めつけ、固定化する存在だ、ーーー結婚、家族、会社、仕事、平凡で退屈な日常ーーー彼女の意図するものではないかもしれないがどうしようもない。第一、レナードにサンドラとどうにかしようとする気がない。

白がない真っ黒な目をした二人にサンドラも引き込まれてしまうだろう。そのうちの一人を愛してしまっているだけに避けようがない。

幸せなものが一人もいない。

そう言ってしまうと見たくなくなる人が増えそうだが、誰しもが経験のありそうなことを疎かにすることなく真摯に見せてくれたジェームズ・グレイの作品は必見だと思う。どうでもいいこんがらがった筋を情報しか語らない魅力のない登場人物たちに説明させて一人納得してほくそ笑む、独善的なハリウッド映画監督とはまったく違う。

ホアキン・フェニックスという希有な魅力をもつ俳優もいることだし。

トゥー・ラバーズ [DVD]