2012→2013→2016 WATTISMUSICFOR

映画/音楽/文学/美術

アラン・レネ 『ミュリエル』

「夜の霧」「ヒロシマ・モナムール」「去年マリエンバードで」につづく「ミュリエル」

ヌーヴォーロマンの影響というかロブ=グリエのそれによって、冒頭から次々と移り変わるカット、不自然な会話。支離滅裂と言ってしまいたいほどのつなぎが居心地を悪くさせる。今だったらありえないつなぎで批判も受けるかもしれないが、もちろん意図的になされたものである。

骨董店屋らしい未亡人エレーヌと義理の息子ベルナール、昔の恋人だった嘘つきアルフォンス、姪と偽られた愛人フランソワーズらが主な登場人物だが、まったく説明はなく読み取るのに骨が折れる。情報は本作では二義的なものだ。

エレーヌは亡き夫やアルフォンスとの甘い過去に、ベルナールはアルジェリア戦線で受けたトラウマ、ミュリエルという女への拷問に縛られている。エレーヌ本人や周りにいる人々はみな凡庸すぎる退屈な人々であり、いったい何がしたいのかよくわからない。エレーヌは毎晩のように知り合いに金を借りてカジノへ向い、負けて帰ってきては骨董品を売る。エレーヌの行動や言葉の不可解さがエレーヌの希薄な現在を表している。中身のない、空疎な生活、どんどんとモノがなくなっていく部屋、まったく感情のないアルフォンスとの会話や愛の語りは寒々しい。


ベルナールは執拗に過去を回想するものの、現在へは透徹とした視線を送っており、エレーヌの周りにいる人々の退屈さを知っている。既に拷問によって殺されてしまったミュリエルを婚約者と放言し、屋根裏部屋で寝泊まりし、街を徘徊して映画を撮る。現在に自分を結びつけてくれる唯一の存在は恋人であり、何の問題もなく遊び、セックスをする。ベルナールはミュリエルに縛られていながらも、そこからの解放や現在への結びつきを求めており、映画制作や恋人との遊戯はそれを反映している。そして、みなが集まるパーティーでベルナールが録音してきたテープがフランソワーズの失敗で流れてしまう。ベルナールはすぐにそれを止めてアパートを出て、ミュリエルに拷問を加えた男たちの主犯格であり知り合いのロベールを銃殺する。そして撮り溜めたフィルムが置いてあるミュリエルのための屋根裏部屋を爆破し、現在を取り戻し、義母へ別れを告げる。

アルフォンスとエレーヌ。アルフォンスは戦時中にエレーヌに手紙を書いて送ったと言うが、エレーヌは受けとっていないと答える。後の友人の暴露からアルフォンスが数多くの嘘をついていたことがわかるため、これも嘘だったと考えられるが、本当のことはわからない。現在において証明不可能な出来事、それが現在の二人の選択を曖昧にしてしまい、結局結ばれない。アルフォンスは嘘を暴露した友人から強制されて帰ることになる(結局、友人から逃げてバスに乗る)。エレーヌは愛してはいなくても過去の愛人であったアルフォンスの嘘で混乱し、息子から別れを告げられ、駅へ向かう。そこで男からこの駅は今は使われていない、と告げられてエレーヌは過去に残されたまま終わる。そこからアパートにやってきた女が誰もいなくなったエレーヌの部屋の中を歩き回るカットに切り替わり、映画が終わる。

『感情とは、変換につれて、ある層から別の層へとたえず交換され、循環するものである。(中略)感情が過去の層であるとすれば、思考、脳はあらゆる層の局限不可能な相互関係の総体であり、もろもろの層が死の位置において停止したり凝固したりするのを妨げながら、それらをまさに脳の頭葉として巻いたり広げたりする連続性である』(ドゥルーズ/シネマ2*時間イメージ/p173)

エレーヌは夫の死において立ち止まり、アルフォンスに救いを求めるが過去の異なる場所からは何も得られず、無意味な遊びに興じて消耗するだけだ。カジノへ幽霊のように赴く姿勢はエレーヌの無思考をそのまま伝える。何も考えられず、過去の感情から抜け出すことができないエレーヌは悲劇のままで取り残される。


フランソワーズから「過去に執着しているだけじゃないの」と言われたあとにお見舞いする往復ビンタはベルナールの過去への執着をそのまま示す。大して知りもしない第三者から自分の存在そのものを指摘されて激情する、それは理性を超える嫌悪感を催させ、そのまま殺人へと繋がっていく。過去に取り憑かれたベルナールにおいては殺人さえも正当化されてしまう。短絡的かもしれないが、歪なアパートや汚れた街、平凡な人々との会話、消されようとしている戦争の記憶が蔓延る環境からは袋小路に入り込んでしまったベルナールは糸口が見出せなかった。
 
あくまで個人的な見解であり、誤読である。誰にも他人の記憶には入り込めず、その中で流れる時間は理解できない。恋人でさえ戯れがあるだけで過去に関する会話はなく、ベルナールへの理解は不可能だ。ベルナール本人もそれはわかっているのか、それとも過去に触れてほしくなかったのか、そのような暗い真実を求める会話は切り出されない。

「去年マリエンバードで」「ヒロシマ・モナムール」よりも平易な台詞が多いが、情報が少ないだけにすんなりとは入ってこず、思考を止めることはできない。またカットが短く切り替わるためその背景と相まって見るものに圧力をかけている。わかりにくい、だとか、これだからアート映画は、だとかそんなどうでもいい批判が聴こえてきそうだが、時間と記憶はこの映画のように理解し難いものだ。情報だけで満ち足りるものではなく、思考に思考を重ねて、なおかつ感情を疎かにしない視線をもって映画は観られなければならない。



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