2012→2013→2016 WATTISMUSICFOR

映画/音楽/文学/美術

ウディ・アレンの重罪と軽罪

5月にミッドナイト・イン・パリが日本でも上映されるウディ・アレンの1989年の作品。
上流階級に属する良夫に見える眼科医の浮気ー殺しと、ウディ・アレン演じる、一年セックスレスの貧乏な記録映画の監督の恋模様の二つの物語を軸に話が進んでいく。

眼科医のストーリーは浮気相手(アンジェリカ・ヒューストン)の神経症的な言動がたまに笑えるぐらいで結構シリアスに進められ、男が死体を見てその視線にカメラが沿っていくシーンはなかなか怖い。殺し屋が出てきてから女の家に至るまでも何かが起こってしまいそうな予感を漂わせる、が、殺すシーンがないところを見るとやはりコメディに徹しているようだ。

一方、映画監督のストーリーでは相変わらずウディ・アレンの目の玉を天井にむける呆れ顔、いちいち皮肉っぽく行なわれるリアクションで笑う。
新聞の広告欄に恋人募集をかけた妹のエピーソードは本当に酷い。
眼鏡をかけたTV局の制作係の女と意気投合して「雨に唄えば」を観るところはお決まり感はあっても、やはり良い。「人生万歳」でも二人が結ばれるまでの過程が素晴らしかった。ヒロインの女優が本当に可愛く見えてくる。
そしてお決まりのお別れ。

妻の兄である売れっ子でリッチな映画監督にその女を奪われる、その流れはつくりが足らないんじゃないか、あんまりじゃないか、と言いたくなったが映画中でウディ・アレンが「あいつのことを一緒になってあんなにコケにしてたじゃないか!」と言っているところから見て、そのへんの洞察力のなさが貧乏な記録映画監督で終わってしまう所以であり、大したことは言ってないのに崇拝していた大学教授の死とともにそこから先へ進めなくなってしまった哀れな男ですよ、という結末はわからんでもない。

ラストの眼科医とウディ・アレンがピアノの前でお話しするところはわくわくさせる。なんといってもラストは毎度のお楽しみ。
ぼくならこうするね、と言うアレンになんとか万事快調となった眼科医はいやいや、とそれを否定して終わり。
映画のようなラストは間違っていて、現実が正しい。そう聴こえるが・・・


登場人物の主観からは記録映画監督の話はバッドエンドで、眼科医はハッピーエンド。
客観視すれば、記録映画監督の話はバッドエンドで、眼科医はバッドエンドなのか。
結局、記録映画監督の話はバッドエンドであり、何が間違っていて何が正しいかは言えない。
眼科医のハッピーエンドかバッドエンドかも判断がつかない。もちろん法を犯した悪人であるが、その人となりと浮気相手を知っている観客からすればまぁ納得できないこともない。


最後にまた記録映画監督の崇拝する教授の言葉が流れてくる。選択の積み重ねが人生だと。
善悪の線引きは曖昧であり、宗教は盲目であり、馬鹿は馬鹿であり、軽さはハッピーエンドには結びつかず、選択はますます困難になる。
そのケーススタディである、のか。



ウディ・アレンの重罪と軽罪 [DVD]

ウディ・アレンの重罪と軽罪 [DVD]