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キェシロフスキ『終わりなし』『愛に関する短いフィルム』/ フェルナンド・ペソア『不安の書』

政治がらみの暗殺か、心臓発作で夫アンテクを亡くした息子一人持ちの寡婦。息子は『永遠の僕たち』のヘンリー・ホッパーみたいにぼんやりと何かを見つめている。それは父か。 こういうところを狙ってくるのが宗教の勧誘、韓国映画の『シークレット・サンシャ…

地点『桜の園』

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チェーホフ四大戯曲の一つ「桜の園」の再演。 登場人物はラネーフスカヤ(安部聡子)、アーニャ(河野早紀)、ワーリャ(窪田史恵)、ガーエフ(石田大)、ロパーヒン(小林洋平)、トロフィーモフ(ペーチャ - 小河原康二)。神西清訳の人物紹介の最初から…

親しい人に会えなくなるとはどういうことか Ⅰ(ロブ=グリエからゴダール)

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人に会えなくなるという状態。はなればなれ、仲違い、別れ、離婚、絶縁、絶交、死別。 これらの行為、状態は悲劇として扱われることが多く、他者と関係して生きていかねばならない人間ならいずれか一度は経験する。悲劇として扱われるのはそれらが悲しみを引…

グランド・ブタペスト・ホテル と メルシエとカミエ

ジョゼフ・コーネル《ピンクの宮殿》 どこに目をやっても楽しめる細部への拘泥、安定したショット、選び抜かれた無駄のない脚本、くだらないものの排除、愛すべき映画の引用、素晴らしいキャスト… ブニュエルだったら吐き気を催すであろう左右対称の多用、中…

生きねば と 情報(風立ちぬ / CATCH-22 / フライデー / 寝ても覚めても / 吉田調書)

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宮崎駿『風立ちぬ』の宣伝文句「生きねば」。劇中では最後に死んだ菜穂子が夢に出てきて二郎に「生きて」と言う。なぜ生きるのか。自分は不幸だと思った瞬間に同時に派生する問いに親しい他人が介在し、反転する。しかし、その他人がいなかったら。 ジョーゼ…

テロと逃走 (ミュンヘン / キャッチ=22)

1972年、ミュンヘンオリンピックでイスラエルの選手11人がパレスチナ武装組織《黒い九月》により人質にとられ、全員殺害された事件を発端にしてイスラエルの英雄と呼ばれる父を持つ平凡で《退屈な》男が政府に頼まれて暗殺団のリーダーとなる。 ミュンヘン…

めんどくさいカップルと合図(ザ・フューチャー / ブレヒト《第一のソネット》)

フェミニストオシャレアート文化系女優小説家監督アーティスト… ゆるふわなレッテルに晒されながら頑張っているミランダ・ジュライの第二作。 いくら可愛いミランダ・ジュライでも一般的な忙しい男たちからは「めんどくさい」と言われてしまうであろう女と、…

マームとジプシー《まえのひ》 / 地点《ファッツァー》

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京都、元立誠小学校の音楽室というかつて使われていた木造の一室は過去のものであるかぎりにおいて時間の経過をそれ自体が示しており、物語をもった小説の文章をひとりで語るという今回のマームとジプシーの公演においては過去と現在、そして未来をその場に…

地図と領土 / シナのルーレット / メーヌ・オセアン / Gretchen Parlato

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ユーモアのない生 と 中流の「幸せ」 と 音楽。 ウェルベックの『素粒子』を読んで、この作家の本はもう必要ないと思った記憶がある。新聞やネットなどでよく見られる社会問題に対する悲観的一般論が散らばっているだけで、フランスなら『地図と領土』では故…

欲望の翼 / ビフォア・サンセット / V. / リヴァイアサン

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ポリリズムのない退屈な物語 と 女の中にいる男 と 海。 香港ーフィリピンのふつうの物語『欲望の翼』。遊び人とそれに釣られる女たちと真面目な労働者の戯れ。何に精を出すこともなく、女とのんべんだらりと過ごし、求められれば捨て、1人で煙草をふかし、…

女たち / 3人のアンヌ / 楽園への道 / ラブ・ストリームス

問題はただ単に人間の避け難い性向である、ということを考えまいとしていま控え目に言われるとおり、全体主義はただ洗練によってしか打ち破られないだろう…体系的で、野性的な洗練…善意によってではない…とんでもない!声明を出して自分を広めたりしないこと…

夢遊の人々 / ザ・マスター / イノセント・ガーデン / 風立ちぬ

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夢遊する救い と ブルジョワの官能 と 物語の救いのなさ。 ブロッホの著名な小説だが、帯にあるような全体小説ではないように思う。作者が「私」として登場することや、その登場人物たちが作者の下に置かれていることが明文化されること、アフォリズムが随所…

マルタ / スタッキング可能 / ツァラトゥストラ

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たえがたいイメージがまた一つ。暗鬱な音楽や映画、それらの暗く湿った感傷的なイメージは個々の観客がもつ、ある程度共有された悲しみや痛みなどといったものに寄り添い、くっつく。そしてどうなるか、それまで個人のモノだったイメージにその映画や音楽が…

磯崎憲一郎「世紀の発見」/ 是枝裕和「奇跡」

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大手商社マンながら芥川賞を受賞した磯崎憲一郎の長編、『終わりの住処』の前作『世紀の発見』が河出で文庫化されたため、購入した。『終わりの住処』を先に読んだのだが、唐突に出来事が起こり、登場人物はさして抗うことなくそのなかで生活を続けていく。…

トマス・ピンチョン「LAヴァイス」/デビッド・クローネンバーグ「ビデオドローム」

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ピンチョンの新訳、最新刊『LAヴァイス』が出た。初邦訳。『競売ナンバー49の叫び』『ヴァインランド』に並ぶカリフォルニアを舞台にしたノワール小説。2009年に書かれた本書はこれまでで一番読みやすい。やたらと情報としての指標が立ち並び、説明も…

ミシェル・ウェルベック「素粒子」

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10年程前にフランスを賑わせたらしい本書。異母兄弟の二人を軸に文明批判。あからさまな性描写だけでも話題になりそうな本ではある。個人的にはペシミスティックな語りに同調することはなく、半ば笑いとして受けとった。フランス現代思想がドゥルーズやフ…

ヴァージニア・ウルフ 「波」

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河出から出された世界文学全集の「灯台へ」を読んで初めてヴァージニア・ウルフの文体に触れたが、読みにくく時間がかかった。「波』にいたっては絶版であり古本でしか手に入らない。したがって翻訳も古いのだが、「灯台へ」にある物語らしきものはなく散文…

ワット/マーフィー/モロイ

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ノーベル賞作家といっても文学に興味のない人たちにはほとんど読まれないベケット。文庫化されていないし単行本でも書店の影にひっそり、あるいは置かれていないこともその要因かもしれない。不条理どうのこうの、という言質が流行った時期(雑誌やネットな…